首長に会う
(裏話・暴露話的な内容は含まれません。筆者の抽象的感想のみとなっておりますので、具体的内容を期待される方は即バックをおすすめします)
自分が住まう自治体の首長に初めて会った。
仕事で、しかも膝詰めの会談という形式になったのも、無論初めてのこと。
役所の担当者とは日常的なやり取りがあるわけだが、首長と直接のやり取りというのは未経験だっただけに新鮮だった。
そもそも、自分は前回の首長選に行ったか記憶がなく、投票に行ったかすら分からない。
それもあり、なおさらその首長への印象は特になかった。
しかし、話した感じは、引き連れた何人かの役人には特に頼らず、首長自身の言葉で語っており、まずその点で信用ができた(もっとデクの棒みたいな人を想定していた。笑 失礼な話だが)。
内容そのものは、やや意外なものも含まれていただけに、首長自身が自らの言葉で語る、ということに最も重みを感じることが出来たのが良かった。
想定していた内容から斜めを行く展開になった、といったところ。
しかし、語ってもらった内容そのものは、納得のいくところもあった。
当ブログでは、恐らく直接的な内容そのものについては触れないだろう。
が、当然ながら、政治・行政的関心を直接刺激するものとして、各方面を深める契機となっていく筈である。
意外に大きかった「政党・知人」バイアス
今回の選挙後、友達と電話でその結果について電話で話す機会があった。
自分も彼も、期日前投票で投票したが、投票先政党は違っていた(居住地も異なる)。
前にも言及したかもしれないが、自分は政治や政策は好きだし、関心も持ってきたが、「選挙や議会制には興味を持たない」という特殊な関心のあり方で推移してきた。
選挙もかなり長く行ってない時期もあったし、近年も国政選・地方選とも「毎回行く」皆勤タイプではない。たぶん「選挙」「議会制」には比較的最近興味が湧いてきたというべきだろう。尤も、今回はそれ自体が本題ではないので別の機会に譲りたい。
今回の投票結果全般に関する分析という話ではない。
実は、自分の昔の知人が、選挙に出ているのだが、そのことをその友達と話した内容についてである。(その知人と、自分の友達は直接の関係はないが、知人の活動状況に興味を持ったので前に色々話したことがあったのである)
その知人は選挙では敗けたのだが、友達の状勢分析が鋭くて、自分とは著しく異なっており、意外と自分は「政党・知人バイアス」に支配されていたのだ、ということを実感したのだ。
というより、自分は「選挙」「議会制」というものに無頓着なせいで、あまり深いリサーチや考察というものをしてこなかった。
すると勢い、判断や行動が「主観」に流されがちだった、という意外な事実を突きつけられたわけだ。
それはその知人の結果分析に関してだけでなく、自分の「投票行動」それ自体にも言えたのである。
その知人の出馬は初めてではない。
友達は、「今回の選挙でダメならもう見込みがないんじゃないの?」と冷徹に言い放った。
彼の分析をよくよく聞くと、非常に根拠があって、自分の「状勢次第では勝てていた」という「思い込み」とは著しい懸隔があった。
その知人が「惜しい、今一歩」である(というのは自分も感じはしていたのだが)というのも、友達から指摘されて実感したことでもある。
以下は割と細かい話になる。
その知人とは、短期間だが、ある活動で親しく共に過ごしていた時期もあり、「その友誼から」彼の以前の出馬の際に、非常に少額だが彼の後援会に寄附を行ったことがあった。(ネットで簡単に寄付できる仕組みが構築されていた)
当然、彼は敗けたために、「金ドブ」になってしまったわけだが。
自分も少額とはいえ「支援者」には当たる訳なので、敗戦後は、その知人から謝罪なり申し開きなりがあるかと思っていたが、何もなかったのでやや拍子抜けして終わった、という経緯があった。
が、「まあ、そんなものなのかな?」と思い、特に気にするともなしに忘れていた。
電話で思い出して、友達にその話をしたところ、「いや、それはする人はするし、だから差がついてるんじゃないの?」とも言われて、「確かにそうか」と納得する部分もあった。
「華」「運」「実力」全体において、「あと一歩」足りていないのだが、それを「これから果たして、埋め合わせられるのか?またいつまでに?」というところに対し、意外と懐疑的な結論で終わってしまったのである。
「続けていればいつかは当選できるものなのか?」はよく分からない。
結構な「茨の道」なのは間違いない。
自分の「政党」バイアスの意外かつ無根拠な大きさも、自覚してみて驚いた部分でもあった。
しかしそれは、かつての「名残」というものと、「選挙そのものへの無関心」が相まっているという部分が大きい。
民主党政権の失敗以降、「政治的自己疎外」が起きていたが、近年の「群小政党」の勃興でに興味が再び刺激されたという面がある。
自分は「政策本位で」「政党に」何かを期待する、という判断やアクションがないからこその「根拠ある無関心」ということもできる。
ただ一方でだからこそ、「何目的で・どのように政党を眺めるのか?」というスタンスや視座がないというべきかもしれない。
近年の「政党史」に関しては少し興味が出てきているので、それを同垢別ブログ(seijishakaishi)のほうで整理しようかという目論見がある。
その中で、自分なりのスタンスが見えてくるかもしれない。
「時計恐怖」と、「時を前に進める」
いつ頃始まり、終わったか忘れたが、「時計恐怖」というものがあった。
今でもその名残というべきか、部屋には「針時計」は置いてない。
「針の音」が嫌だったのと、「時の経過を針が刻む」のを「目で確かめる」のが嫌だったのだと思う。
それは、「時計というものが刻む時間」に「訳もなく」急かされる、焦らされる恐怖感や焦燥、苛立ちといった心理背景があったのだと思う。
今は、「針時計」こそ置かないものの、そうした「恐怖感」「不安」からはようやく解放されたという実感がある。
それは「人生の時間」を、「完全に自分のもの」にしてあるということと、その十分な「可動性・操作可能性」を得ているということを意味している。
そうした「時間のコントロールと展望の自由・自律性」と同時並行で重要性を持ったのは、「時事世界を、同時的に眺める」視座・スタンスの確立ということである。
いくつかの記事で言及したが、割と最近まで、「時事情報」を見ないし、「見たくない」または「摂取しようにも時間がない、またはスタンスを決められない」といった状況が数年単位で継続していた。
無論、「全くニュースを見ない」ということではないのだが、「思うように、社会的関心を拡げられない」といった「自己疎外」状況があった。
分かりやすく言えば、「社会的関心は無くはないものの、嫌なことだらけで目を背けたい、耳を塞ぎたい」といった精神面が強力に阻害し、「知る」ことから意識的に「逃避」していた部分が大きかった、ということを意味する。
これは、「能力×時間×展望の自由度」上昇ということで、上述の「時間のコントロールと展望の自由・自律性」と不可分の関係にある。
上で述べたのは、どちらかというと「内面的なネガティブの理由・背景」であるが、ポジティブには、「自分の能力を高め、視点や展望を確立する」ことに集中していた、という側面も無論ある。
その間というのは、不用意に時事に接してブレさせない、ということにも自覚的だったからだ。
「自分自身を、情報過多にしない」ように心を砕いてもいたのだ。
「知る」ことは大事だが、その「射程を、自ら決められる」スコーピングの操作性を手にしていることを、最重視してきた、と言い換えてもいい。
乱暴な言い方をすると、(甚だしく「時代遅れ」にならない限りは)「時事」は「自分の展望(=やりたいこと)」を明確にするまでは「棚上げ」にしてもさほど問題ない、と捉えてきたわけだ。
「展望の明確化×時事情報の摂取」というのが、ようやく「自分を『時代』へと『同調』させにいく」アクションとして位置付けることが出来る。
それはまさに、「時を前に進める」ことを意味する。
「時を前に進める」というのは、「自分が世(=社会)で行動する」その歩みと、歩みの覚悟を決めることが要請される。
そうでない限りは、「じっと自分を内に閉ざし、世の動きにも『見ざる聞かざる』で過ごす」で問題ないからだ。
自分の「時間=世界」との付き合い方は、少々極端なのかもしれない。
だが、自分が「空っぽ」のままで「情報のシャワー」を浴びせられても、「不安なままで、『誰か』に踊らされる」ことにしかならない。
ならば、「自己の充実」まではひたすら「待つ」よりない。
「時計恐怖」は、だから「自分の弱さ」なのかと思っていた時期もあった。
が、今の結論としては「そうではない(なかった)」となる。
「時間」というもの自体への思索を深めたことも大きいのだが、それは当ブログの趣旨からは外れることになるだろう。
地方政治・後記(?)ー議会傍聴編
先に述べた記事で課題にしていた、「地元議会の傍聴」に行ってきた。
用事のついでと、例会でなく運営委員会だったので瞬殺だったのだが。
それでも割と刺激があり(無論会議の中身らしいものはないのだが。笑)、体験全体としては楽しかった。
当然ながら、議会スペースの階に行くのも初めてである。
役所と同じ建物で、議会スペースは最上階、首長室はその下の階にある。
役所自体滅多に行かないので、そうしたフロア区分になっていることすら初めて知った自分に失笑したのだが。
また、興味深かったのは、最初に役所の受付で、議会の場所と入り方について聞いたら、受付の人はそもそも、「運営委員会も傍聴可能」だということすら知らなかったこと。おかげで、自分もその反応に少々不安になった。
(申し込み不要。Webサイトには「議会事務局に直接お越しください」とあった)
が、議会事務局に電話してくれ、階まで行くと、事務局の人が直接運営員会の会議室に案内してくれた。
「いつも傍聴に来られていますか?」「いえ、初めて来ました」
恐らく、傍聴に来るのは余程「定番の人」だけに限られているのだろう。
傍聴に来ているのは自分一人。
ほどなく、事務局の人が自分にも、運営委員会の議案を渡してくれた。
運営委員会は、議員は10人ほどの規模。文字通り、議会の運営日程について話し合う。
既定事項のため、議事に内容らしいものはなく、会議自体も15分ほどで終了。
傍聴席と言っても、広い会議室というわけでなく、議員たちから3,4メートルしか離れてない後方の席に一人座っているだけなうえ、顔見知りの議員もいるので、ややドギマギしながら過ごしていた。
配られたレジュメに、今後の提出議案、意見書、議事日程の項目が並んでいたので、そこで初めて、「そうか、これがうちの自治体の議会で話し合われている項目なのか」と一挙に実感が湧いてきたのである。
「地域の政治」を「議会を通じて」体感する、独特の、初めての感覚。
議会フロアには、議会室脇に、図書スペースもある。
そこにも人はいない。
会議録や自治体史のほか、自治関連の専門書などが置かれ、それなりに充実している。
会議がすぐ終わったので、しばらくそこで会議録などに目を通していた。
議員以外に、出てくる役人(要は議会質問に答える行政側)も、自分が直接やり取りする人も出てくるわけで、この感覚もまた独特である。
会議録を通じて得た感覚とは、「議会を通じて、『役所全体(の業務)』を眺める」という視点が得られる、ということだ。
普段の自分の立ち位置では、当然「自分目線」でしか、役所や役所の業務に関心を持つことがない。
また、「議会・議員」目線というのは、「役所・役所の業務」というものが「カッコに入る」感覚もある。
当然ながら、「住民としての目線」を担うのは、本来「議会・議員」のほうなのだ。
他にも、上述のレジュメに合った議案・議事項目というのは、極めて身近な内容・政策や業界団体などの名も出てくる。
また、議員たちは、レジュメ上「会派」(または政党)で表記が成されているのも新鮮であった。
「議会広報」も恥ずかしながら、初めて目を通した。
以上の通り、短時間で十分すぎるほどの「お土産」をもらった。
コンパクトで、これ以上ないほど「自分に身近」な項目(そして人)で占められているという利点と特色がある。
政治というものにアクセスしイメージの湧きやすい手段として、「議会傍聴」はもっと知られてもいいだろう。
今は実は、「地方政治」には自分なりに取り組もうとしている探究テーマがいくつかある。
今後深めるうえで、大きく強力な素材になっていくだろう。
「気象災害難民」の脱出シミュレーション
気候変動・温暖化の影響は、世界のすべての人が実感できるレベルまで来たと言えるだろう。
最近は自分も、「気象災害難民」になった場合の脱出シミュレーションを、具体的に考え始めた。
日本は島国で資源少国、また現在は経済力低下という顕著な条件があるため、早期の準備が必要だ。
(「やりたいか否か、やるべきか否か」という自己の意思や倫理的(?)判断もそこに含まれる)
現在では、地震とか災害対策に備える人も出てきただろうが、ある意味それの延長線上と言えなくもないが、より広範かつ包括的な意味合いである。
企業経営ではゴーイングコンサーン、国際政治では「持続可能性」という概念がある。
あるいは、人間の生命に即してはQOL(Quality of life)という概念なども。
自分の生命だけでなく、「生活や、生活の質全体の持続性・継続性」をトータルで考える必要がある。
「気象災害」「資源不足」(現在は戦争が拍車を掛けている)というのはセットで進行する。
単純に言えば、カナダや豪州のように、資源豊富な国に脱出しておくのが、「明確確実」なリスク対策には違いない。
ただ、それらの「地域選択」というのは、所詮「相対的優位」に過ぎない、と捉えている。
ウクライナ戦争でも、一度は祖国を脱出しつつも、結局は、トータルな生活のあり様を考えて、帰国したという人もいるという。
「脱出する」というのは、単に「短期的に有利な戦術」に過ぎなくなる可能性もある訳だ。
もし気象災害・資源不足の激甚化が予測されるとしても、敢えて日本に留まるという(積極的・消極的)選択も当然あり得るだろう。
しかし、そうだとしても、「じゃあその時、日本の経済社会はどうあるのか?自分の生活はどうなり、どう過ごしていくのか?」のシナリオやシミュレーションが必要となる。
「これからどうなるだろう?」と全く分からない段階では、不安と焦りしか無かったのが、知りに行き、心の準備をしておくだけでも、不思議と気持ちが落ち着いてくるものだ。
地震対策・大雨洪水対策にも言えるが、「ピンポイントのリスク対策」というのは非常に難しいものだ。
「自分一個人や自らの家庭、地域に対して」瞬間やその地域局所で、どれほどの被害を被るのか?は、精密な予想が殆ど不可能だからだ。
日本社会や政治現場で、「防災」は事実上ほぼ不可能と見て、「減災」へと舵を切り直したことは高く評価するに値する。
(国際的トレンドもあるかもしれないが詳しく知らない)
自分は、気候変動も同様だと考えている。
「温暖化をストップする」という愚劣な方向性は即座に放棄し、「気候変動・気象災害・資源不足の減災」路線へと舵を切り直さねばならぬ。
ただ、それには、現在のSDGsなどという生ぬるいスローガンや運動を遥かに超えて、文明のあり様を、急速かつ厳しく改め、世界の経済社会を、統制的方向へと変更しなくてはならなくなるだろう。
(既に、気候変動というトピックにおいて「国際政治は一体とならない」という解は明白となっている以上、「緩い国際枠組み、堅めの隣接地域の連携」で乗り切るよりない)
こう書きつつ前提を引っくり返すようだが、実は、自分の生命にこだわっている訳でもない。
そうだとしても、「死に場、死ぬ瞬間」は自分で選びたい。
選びたいのは「死に際、死に方」に過ぎないのだ。
知恵と労力を尽くせる限りは、可能な準備をしておきたい。
その先には、「世のため人のため」に、自分だけが果たせる仕事、役割というものも確実に見えてくる筈である。
地方政治雑感
(長文注意。具体的なことを書けず、抽象的記述となっています。読む方は予めご留意下さい)
思い立って、とある政治系のイベントに出てきた。
短い時間だったが、議員たちと割と率直な意見交換が出来て、非常に有意義だった。
また、各地の事例や理論の近況も確認でき、学びも多かった。
特に、話しながら、「ああ、自分はこう思っていたのか、こういうスタンスだったのか」と、自分自身の立ち位置や感覚を再発見する機会ともなったのが、意外かつ新鮮でもあったので、その覚書代わりに書き留めておこう。
といっても、読む方には、あまり何のことか分からないとは思うので申し訳ないのだが…いずれ詳しく注釈できる日を待つこととしたい。
・(地方政治に関して)自分が想像以上に(そして意外にも)「お役所脳」だった。
仕事上の立ち位置ということもあるし、自分の「政治観」において、「地方議会」という存在は、殆ど認識すらされていなかった
(だからこそ、このイベントに行ってみた訳だが)
・会った議員たちは、想像以上に、真剣に議会活動に取り組んでいる。
汗もかき、現場で非常に苦闘していることが分かった。
「ここまでやるのか!」と驚き、感動する事例もあった。
・しかし、「それが住民に伝わってない」という矛盾。
「発信しないと、活動どころか存在すら認識されない議会って?」という素朴な疑問が生じた。
・「地方議会」というものの機能と存在意義について。
地方自治は、日本では憲法(92,93条)に規定があるが、具体的な内容は地方自治法で定められている。
「地方議会」と「首長」双方を、住民自ら選ぶ「二元代表制」が基軸で、国の「議院内閣制」と大きく異なる。
・自分自身が気づいたのは、「お役所の施策」メインでのみ見てきて、「議会活動」にはまるで興味を持ってこなかった、ということなのだ。
「議員・議会=自分たちの代表」という認識そのものが欠落していたことを意味している。
・地方議会や議員内部では、実は様々な情報発信を行っていることを知った。
「自己満では?」との疑問も若干生じたのだが。
・実は、自分の卓では、自分が議員たちから質問攻めに遭った。
「なぜ興味を持ってないんですか?」と。
こう聞かれないと、考えることすらなかったのだ。笑
「役に立ってもらえる」瞬間そのものがないのが、実際のところ。
・地方議会は、どこも「議員の成り手不足」が深刻化している。
「無投票再選だと、『投票率』そのものが出てこない」というのは目から鱗だった。笑
投票しなければ、確かにそうだ。「投票実績」そのものが積み重ならなくなる。
・一方、「議員定数や議員歳費の削減」という、地方議会で行われてきた施策そのものが、住民たちの「地方議会」観を端的に反映していると見なすことが出来る。
「いや、議員も議会も、そもそもそんな要らないでしょ?役立ってないでしょ?」と。
そして「無投票」化することで、「住民の地方議会への無知・無関心」はますます加速し「砂漠化」していってしまうのである。
・最も共感したのは、「議会活動報告は、住民が来るのを待つのでなく、議会や議員自らが、住民に出向いて行わなくてはならない」と述べられていたこと。
興味深かったのは、ハードルを下げて、住民たちと接点を持つために、様々な工夫(堅苦しくならないようにゲームなど)を凝らしたりするやり方で、歴史的には「御講」を想起した。
・中高公民でも習う、「地方自治は民主主義の学校」(ブライス)という言葉がある。
これについては、色々なことを考える機会となった。
地方議会では、(「成り手不足」解消のため)「議会や議員の育成」そのものに、それぞれ注力し、また、「住民への発信」に皆悪戦苦闘している。
自分が興味があったのは、「議会・議員に対して」と、「住民に対して」と、双方に対して、「政治・政策知識の涵養」を、「継続的に」行っていかなければ、「良き政策と人の循環」が起こらないだろう、ということだった。
実は、自分は「地方議会」の政治プロセスについて、具体的なことは殆ど知らず、この会で初めて知った様々な概念や用語が非常に多かったのだ。
つまり、「議員たち自身・内部では知っている」(言わば専門的な)政治知識というものがあるのだが、それらは、住民には降りてきにくくなり、それが議員・議会と住民の距離を隔絶してしまう部分が出てくる。
非常に基本的なところ・初歩的地点で、住民に対する「地方政治のイメージ形成」につまずきが出てしまうのである。
・子育て世代や、子ども世代(高校生など)への「アウトリーチ」の試み自体は正しい方向と評価できる。
が、そこにも「議員・議会」と、「住民」双方の間で、相当の「知識・関心格差」があり、現状ではなかなか埋まらないだろう、というのが自分の観察だった。
・議員は、「困りごと」を自分たちに伝えて欲しい、という意識がある。
自分の考えでは、住民のうち、具体的な「困りごと」として「問題意識を言語化」出来る人というのは一部に過ぎないのではないか、と見ている。
それが、「そもそも政治の中で扱うべき=共有化される課題」なのだ、ということを、住民側で明確に意識したり、考え、深めること自体が難しいのが、今の社会のあり方ではないだろうか。
また、行政・公共・社会状況に対する気づきや課題感があったとして、「議員や議会が本当に取り組んでくれるのか?」あるいは「特定の政策知識の有無」なども分からない。せっかく言ったとして、「まともに取り合ってくれるのか?分かるのか?」という不安もある。言って通じなかった場合の失望感・徒労感の大きさというものを、想像してしまって(初めから何も言わない)というのもまた大きい。
・子どもに向けて、教育プロセスの中で「議会体験」とか「主権者教育」をやるなら、それを「大人になってから=社会人教育」にも連続させなくては無意味ではないだろうか。
そうでないと、単なる「学生時代の思い出作り」に堕してしまう。
政治について、「同じ個人が連続的に関わり、考え続ける」仕組みづくりには、まだ不足している。
・次に、議員の、その「住民は、困りごとを自分たちに伝えて欲しい」というスタンスの、「住民の客体化=お客さん化」自体にも、「地方自治」としては問題があると考える。
「代表制民主主義」の発想においては、「妥当」と言わざるを得ない部分もあるのだが。
「リサーチと言語化」を通じて、「課題そのものの理解を、住民にも深めてもらう」という「翻訳」的機能も、本来議員や議会が担うべき役割ではないかと考える。
その上に立って初めて、「行政」「議会」双方の役割というものを認識できる筈だ。
・(議会制・代表制を前提にする限りは)「議会のファンづくり」という発想があっても良かろうと思われる。
自分が今回初めて認識したのは、「議員たちの集合・一体としての議会」という性質・側面である。
小規模な地方議会では特に、その「一体感」やその重要性が際立つというものだろう。
もっとも、「それは議員同士の単なる談合や馴れ合いにならない?」というのも懸念点ではあるのだが。
・「成り手不足」問題を解決するには、住民に、「議員と議会固有の役割と仕事、またその重要性・有効性」を認識してもらわねば始まらない。
「何のためにあるの?役に立つの?」を認識してもらったうえで、その具体的な「職業観」も持ってもらう、という極めて重層的なプロセスが必要となる。
待遇面と、その労力=労働時間面の課題解決も必須だ。
つまり、(かつては地方の「名望家」層がそれを担ってきたのに対し)「本来、誰=どのような存在が、地方議員を担うべきか?」という社会的合意が崩れてしまっているのが現地点であり、議会はそこに対して「解」を自ら示しに行かなくてはならないのだ。
自分個人は、「行政を使って」という明確な意識はあって、実務的には、それで様々な便宜を図ることが出来る(また、行政とは相互的な情報のやり取りを通じて意思を伝えることも何がしか出来ている実感もある。限界はあるものの)。
が、「議会・議員を使って」という発想はない。
「何が出来るの?」がそもそも分からず、期待値もないからだ。
ではなく、本来「議会・議員を育てる」のが、「住民の仕事」である。
それは分かるが、どうもその「メリットがない」と感じるのだ。
今回の会を通じて、いくつか自分としてのスタンスや課題を整理することは出来たので、それをまとめて結びとしたい。
1議会や議員に「自分から」は恐らくリーチしない。
変に「当事者性」は持ちたくない、持とうとしないからだ。
ここまで散々「地方自治」についてブっておきながら矛盾しているのだが。
そこには、忙しくて変に関わりを持ちたくないということと、仕事上のポジションの複雑さということ、自分個人の戦略ということが相互に絡み合っての事情によるものだ。
「きちんと距離感を保っておこう」というスタンスであり、戦略と整理できる。
個人的・組織的に「積極的に政治力を持ちたい」との動機がなく、むしろ「悪目立ち」したくない、という心理が働いている。
と言って、別に「非協力」な姿勢というのではない。その時議員にも言ったのだが、「聞いてくれれば、知識や情報も、また住民の持つ(潜在)課題感も持っているから答えられる」ということだ。
「お役所脳」というのはここにも言えて、(役人でないにもかかわらず)「聞かれたことには答えるが、聞かれなければ敢えて答えない」というスタンスなのだ。
知りたいなら、そっち(議員・議会)の側からきちんと引き出して欲しい。
(そもそもそんなの介さなくても、「自治」には仕事を通じて貢献してるし、という自覚があるのである)
2地元議会の傍聴に行く。議会報を見る。予算を自ら読み解く。
3近年地方政治史を追う。
地方政治に、元々強い興味があった訳ではない。
いくつかの契機があるが、その一つは、コロナ禍で「地方自治体には、これほどまでに大きな権限が与えられているのか」と知ったこと。
国が強権で、戦前の「国家総動員法」的な措置を採ろうとしても、そのような法的建付けになっていなかったことは、非常に痛快だった。
そして、各知事や自治体単位に、非常に大きな法的裁量権があることを、そこで初めて自覚したのである。
随って、「実践的・生活的関心」というより、「知的関心」のほうが勝っている、というべきかもしれない。
が、今回のイベントで、そのための重要な素材を直接仕入れることになったのは非常に有益だった。
他にもやってみたい有益な試み(世代間・業界間交流による政策啓発)のアイデアもあるが、いずれ深めてみることとしたい。
「バイデン撤退後」を誰も語らぬ「異常忖度」
米民主党内での「バイデン撤退論」の盛り上がりが、連日のように日本国内でも報じられている。
「指名前に撤退出来るの?撤退してどうなる?バイデンの代わりに誰が民主党候補になるの?」
は誰もが抱く疑問だ。
「バイデン撤退論」ばかりが報じられて、「で?」の部分が全然報じられない異常さを感じた。
その「なぜ報じないの?」という部分もツッコミが入れられてない。
どうにも不可解かつ不愉快でならないと思ったら、きちんとした解説はあった。
バイデン氏撤退論、候補交代の手続きは 選挙資金が鬼門 - 日本経済新聞
なぜこういう冷静な解説をしてくれてないのか。
単なる「憶測」に過ぎないからなのか。
それとも、「米大統領選民主党候補指名」の内情を、「日本国内で」そこまで報じるのは「マニアック過ぎるから」なのか。
しかし、だったら初めから何も報じるべきではないだろう。
「なぜ?」にも、「なぜのなぜ?」にも一向に何も答えようとしていない。
「何かに忖度しているのか?」すら分からない、「異常忖度」を感じる。
これを表明しないのは「知の劣化」としか言いようがないので、敢えて整理しておくことにした。