「虚々実々の駆け引き」?
「初めてのプチ政治」(?)に乗り出したと前回書いた。
終わりというよりまだ始まったばかりなのかもだが、最初の「結果」らしいものがわかった。
言えるのは、「正面からの駆け引きで、相手の本音を的確に引き出すことに成功した」ということ。
別段パーフェクトの試合ではなかったが、最低限のものは得られたし、スタート地点には立てたので満足している。恐らく「立ち位置の確保」が最大かつ最低限の目標であったことを顧みれば、「成功」だったと見ることもできる。
もう一つは、「組織(内部)に向けた駆け引き」という側面も非常に大きかった。
表向きに表明した「立場」はともかく、「内輪における見方」は全く一枚岩ではなかった。
(そして、見方が「正確」だったのは自分だったし、それに向けて、「正しい戦術(組織としての)」を取ると同時に、また「正しい戦略(個人としての)」を取り得た、とみている。
では「全体最適」だったか?と言われれば、「否」かもしれない。
「曖昧に済ませるべきこと」を「敢えて明示させた」ことは、本来なら毀誉褒貶あることかもしれない。
が、これは「個人としての哲学」の表面に過ぎないかもしれぬが、「適当なごまかし」には特に益はない。
自分はだから、敢えて「踏み絵を迫った」のかもしれぬ。
しかし、それは態度曖昧だった相手に問題があることだ。
「本音」を引き出さないことには、こちらのスタンスは明確にできない。
「正面からの駆け引き」と「虚々実々」というのは、「矛盾」しているというべきだろう。
が、自分が取った戦術は、そうとしか表現できない。
なぜそうなのか?
個人・組織・共同体(?)としての「未来」が全く見えない中での「飛び込み(=未来への企投)」を迫られたからだ。
ただ、出された「結果」からすると、やはり「極めて正しい戦術」だったと見るよりない。
「出せる仮説」は全部ぶつけると同時に、向こうが「本音を誤魔化せない」ところへと追い込んだからだ。
ただ、「共同体」にとって「最適」だったかは、誰かがもしかしたら後から問うてくるだろうか?
尤も、そうだとしても別段、恥じるところは特にない。
結果が「何点か?」は「よくわからない」としか言いようがない。
上述の通り、「どの視点から切るか?」でまるで異なってくるからだ。
ただ、時間やカードの限られた中で、「全力を尽くしての結果」という点での不満は一切ないということは間違いなく言える。
きちんと「自分の進む途を指せた」と。
それはあまりに小さくないか?という見方もあるかもしれないが、不透明な時代においては、何よりも価値のある部分でもある。
もう一つは、「主導権を取りやすくした」ということ。
これはまさに、「現実政治の要諦」を占めているだろう。
「結果」そのものの「客観的評価」というより、恐らく「正しく行動の一歩を踏んだ」ことに、大きな意味が(これから)出てくると捉えるべきなのだろう。